●震災対策本部活動
 平成7年1月10日、甲子園都ホテルで組合恒例の新年会が開かれ、40組合員の大多数が出席し、新年の頑張りを誓った。この日だけはバブルはじけの不況を忘れたように、談笑の輪のなかにいた組合員が7日後に帰らぬ人となり、10組合員の営業店舗や住宅が全、半壊の憂目に遭うとは、まこと、人生、一寸先は闇の名言どおりでもある。
 1月17日、この日は火曜営業日ではあったが、さすが、どう仕様もなく、異常休日となる。それでも、夕方までには、明日の緊急役員会の開催の目途だけはつけられた。
 1月19日、苦労して出動の役員、職員で足の踏み場もない二階事務所を応急に片付け空間を作る。10時、役員会を経て災害対策本部の設置を決める。スタートは40組合員の状況調査と水道局との応援方法協議である。組合員の状況は、1日中の数十回ダイヤルで、やっと半数ほどに連絡がとれる状態であった。
水道局に対策本部役員として出向く。冷えた空に警察、消防のサイレン音だけが走り、道路は動きの取れない蟻の大群にも似た車の数珠繋ぎで切れ目がない。水道局庁舎も大混乱である。ライフラインの中でも、命の源は水であるだけに、飲料水を求める市民の声」、自分の家の水道管が破れて水が出ないと思っての修繕至急の声などで、職員の対応もパニックの有様である。。無理もない。市民16余万世帯に配水されていた日量15万立法メートルの水が瞬時にして1万立方メートルに激減してしまったのだ。断水率なんと94%である。水道局の応援要望は、やはり、至急の人手であり、組合としては、主として家庭修繕向けの動員応援と協定する。
 対策決定で、対策本部役員自らも積極的な電話連絡で組合員に作業動員をお願いする。これも、2〜3日後からは強制割当となり、この動員体制は、組合本部活動のピークとなる二月中旬まで実行された。動員の推移を作業伝票で見れば、18日初日19件、19日44件、20日128件と件数は増加し、水道局震災対策の一段落となった二月末日での集計は、延日数42日・就労人員1089人・作業件数5097件を記録した。
 
 少し、修繕作業対策に触れてみたい。先にも述べたが、震災発生後、水道の断水率は94%が続いた。このため、初期対策の修繕対策といえば、水の出ない給水装置を依頼した人の言葉を頼るか、現実に漏水が判る管を修繕するに過ぎない。水道の通水が復旧したら、おそらく別の箇所で、また漏水が発見されることは目に見えている。このため、この異常の忙しさに加えて、目的地到着に通常の4倍、5倍の時間がかかる非能率かつ無意味の仕事の動員には応じられない。こんな組合員の声も大きくなりだすが、修繕依頼伝票は減ることなく増えつづける。組合対策本部への不満は、また、当然に組合から水道局へも向けられることとなり、このことの改善をめぐって組合側から「どなり込み」にも似た協議持込みが繰返されていた。
 初期混乱も少し落ち着き、全国各地から業界仲間を中心とする応援部隊も到着するなか、水道局としても通水復旧を日程目標で定める作業方法が確定し、すかさず実行に移された。通水復旧の方法だが、西宮市域を配水源系統別に区分し、その区分の作業は、配水上流側から、配水本管、支管及び道路上の分岐給水管を修理し、その区域の通水を復旧させて、次の下流区域に移し、配水管末区域の復旧が全市配水源系統別で完了することを以って100%通水復旧とするものである。この通水復旧作業で北側地区は水が出た。しかし道一つへだてて南側地区はまだだ。さらに全市的には、被害が少ないといえる鳴尾地区の配水系統は二月上旬にも作業完了だが、全市作業完了は三月末であった。通水を待ちこがれる、市民の側からすれば、復旧の後先には不満があったことも確かだが、通水率6%からスタートしたこの通水復旧は二月中旬には60%に上昇し、二月末では99.8%と実質目標達成でもあり、ズバリ住民の不満も引込んでくれた。もちろんマスコミにも文句の付けられない快挙で、内外の応援感謝に併せて西宮市、特に水道当局が胸を撫でおろしたことはいうまでもない。